「内なる帝国」
「自分の世界を持っている」というのは大切な事だ。
他人に流されず、自らの信念を貫いていく姿は美しい。
しかし状況によってはそうも云っていられない場合も多い。
商業的活動となれば尚更だ。そうだ。
そんな状況にない末端演劇人は自分の世界を貫いていくんです。
というのは今は昔。 最近では役者に限らず、創作者であるはずの作家や演出家さえも
イイ匂いのする方面や、観客に迎合している。
「だってみんな上に行きたいじゃん」
そんなステレオタイプが氾濫しまくっているが、溢れれば淘汰される という事を知ってか知らずか、
呑気なものである。 あわよくば淘汰されなかったとして、そこで行ける「上」とは今よりも 「ちょっと上」
の事なのだ。 そこを目指しているのなら「謙虚!」と云わざるを得ないが。
「自分の世界を持っている」のに売れている。
「世間に迎合している」から売れている。 どちらがイイのだろう。
「自分の世界を持っている」から売れていない。
「世間に迎合している」のに売れていない。 どちらがカナシイのだろう。
「自分の世界を持っている」からすべていい訳ではない。 かえって厄介な者も多い。多い、多い。
支離滅裂で何を云ってるのか解らない。
これを他人に押し付けたり、下に強要したりするのはこっちに関係 がなくても見るに堪えない。
聞くに堪えない。やはり売れる売れないではなく、人間として一定の水準はキープ して欲しいものだ。
芸術家、創作者としての水準もね。
本編は前作「マルホランド・ドライブ」から実に5年ぶりの新作である。
前作同様、あらゆる制約から解き放たれた映画手法に驚愕し、 困惑し、頭グラグラになりながら彷徨い
歩いた末にようやく辿り着いた ラストのカタルシスは、どう言い表せばいいのか…
女優が再起を賭けた主演映画は、かつてポーランドで製作されたが 撮影中止となってしまった不倫モノ
のリメイクで、女優は映画の展開 とリンクするように相手役の俳優と不倫関係になり、次第に映画と
現実の区別がつかなくなってゆく。 そしてポーランドで撮影中止となった原因は主演俳優たちが撮影中
に殺害されたと知って… と、ここまでならどっかでもやりそうなモノなのだが、
リンチワールド ではこれがまたっ!
「ハリウッド主演女優の世界」「映画内の映画の世界」
「ポーランド主演女優の世界」「映画内ポーランド映画の世界」に、 何故か「ウサギ人間の世界」が加わ
った5つの世界が錯綜しながら 3時間ブッ飛ばす! 3時間ブッ飛ばすですよ。
「マルホランド・ドライブ」ではブルー・ボックスを支点に2つの世界を 捻れさせながら表出してみせた。
本編は重なる世界観も時間軸も飛び越えて、リンチ自信が手持ちで 廻すDVカメラの映像も更に不安定
なこの世界を創りあげている。
リンチの支離滅裂さは高い芸術性と独自性を持って構築されている という事だ。
僕の支離滅裂さを行使したら「狂った」とか「終わった」とか云われる んだろうなぁ。
でもそろそろやってみたいなぁ。 いや、ずっとやってみたかった!
前述のステレオタイプに属している自分に辟易しているのだ。
高い水準とは云えないまでも、ソコとは一線を画す自信は持っていな ければならないのだ。
「自分の世界を持って」創作に打ち込む。 自分の独自性を信じて「内なる帝国」を構築する。
難しいけれど、これ以上の遣り甲斐が何処にあるというのだろうか。
前作「マルホランド・ドライブ」を観た当時、その後でその前の作品 「ロスト・ハイウェイ」を観たくなって観
たが、本編を観終わって、や はり「マルホランド・ドライブ」が観たくなった。
勿論観る事になるのだが、恐らく前回同様、その前に本編を観に 劇場へもう一度、か二度、行く事になりそうだ。
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「徳留映人」
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